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遥かなる旅路、「ドラゴンボール」その初期構想とは1 [シリーズ]

ドラゴンボールが新作アニメをきっかけに再び大人気だという。

自分といえば、亀仙人がフリーザの手下相手に無双しまくるあたりから、完全に興味を失ってしまった。ネットでは、「この鳥山明って脚本家、原作読んだことないんじゃね?」などとよく言われている。まあ、もともと作品に対して間違っても「自分の子供」などとは言わないドライな作家ではある。その辺は悟空のキャラクターに反映されているのかもしれない。
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死ぬと困る人が大勢いるという理由で、地獄の苦しみに耐えながら延命措置を受けている億万長者の老人の漫画があったが、ドラゴンボールもそれに似ている。動く人、動く金額があまりにも多い。続ければ続けるほど、強さのインフレが起こり、作品の矛盾は増すばかりである。しかしそのインフレ発生の瞬間こそが、ファンの求めるカタルシスでもあるのだ。ある意味ドラゴンボールという作品は、ベジータとフリーザですら得られなかった、不死身の命を与えられてしまったとも言える。

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「こんなはずでは無かった俺の人生」
さて、ドラゴンボールが始まった当初、作者はどの様な結末を考えていたのかを考えてみたい。ちなみに、自分は大全集などを買って読むぐらいのファンではないので、インタビュー記事の知識を網羅してはいない。初回からリアルタイムで読んでいて、当時思っていたことなどを思い返しながら描いてみようと思う。

ドラゴンボールが始まった当初、自分はまだ小学生だった。初期のドラゴンボールは人気投票で苦戦。「じゃあ人気出しますよ。」と言って始まったのが天下一武道会。シリアス格闘技漫画の多いジャンプで、軽くてドライな格闘技漫画として人気になる。鳥山明の初期構想が「西遊記」だったというのは、読者なら誰もが知っていることである。何しろ主人公の名前が「そん・ごくう」なのだから。当時、子供ながらに「なんだそりゃ」と違和感を感じたものである。西遊記といえば中国。中国といえばカンフー。当時、カンフー漫画はブルース・リーやジャッキーの影響で人気ジャンルだった。西遊記にカンフーのイメージは自然と結びつき、天下一武道会というテコ入れをスムーズに行うために役に立ったと言える。

しばらくドラゴンボールは天下一武道会で人気を一年稼いで、次の一年は好きな冒険ものを描くというローテーションになる。なぜ初期構想の冒険ものは人気が無かったのか。それは鳥山明の前作、ドクタースランプが原因であろう。鳥山明はドラゴンボールを始める以前に、その作品で「もうこれ以上はないだろう」というぐらいのヒットを飛ばしていた。ドクタースランプは天才発明家の作った宇宙最強人型ロボットの話である。その発明家はブルマよりも圧倒的に天才。そして人型ロボも圧倒的に強かった。初期の頃からフリーザ以上の強さを持っていたのだ。これではドラゴンボールが作者の初期構想で人気が出るはずがなかったのだ。
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(なぜか則巻千兵衛はブルマを天才と認めている。。。)





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