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遥かなる旅路、「ドラゴンボール」その初期構想とは5 [シリーズ]

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強さのインフレを起こすたびにリアリティの崩壊を起こしつつも人気を爆発させてきたドラゴンボール。大人の経済的な事情により、延命を繰り返し続ける作品になってしまった。その初期構想とはどんなものだったのだろう。

ドラゴンボールの綺麗な最終回のチャンスは2回あった。
1度目は単行本2巻。最初のボール探しが終わり、仲間と別れ、悟空の新たなる旅立ちを描いている。「長い間ご愛読ありが… い、いえ!!まだ続きます!!」とナレーションしているが、この辺で終わっていればいわゆる「10週打ち切り」となる。連載が始まる前に鳥山明が決めた初期構想の1つだったのだろう。実に綺麗なラストだ。
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2回目の綺麗な最終回のチャンスは、いわゆる「もうちょっと続くんじゃ」の単行本17巻。亀仙人が綺麗に作品を総括している。
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実質的に、ここでドラゴンボールは描き切られていると自分は思っている。鳥山明もそう思っているのではないか。悟空の出自を説明するために少しだけ連載を延長するということなのだが、リアルタイムで読んでいた読者的にそのことについて説明が欲しいと思っていた人はどれぐらいいたのだろうか。もちろんネタバラシしてくれるなら聞きたいのだけど、犬が大統領やってる世界観という作品の構造上、スルーしても成立してしまう話なのだ。
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さて、ドラゴンボールの初期構想(推測)を改めてまとめてみる。
1:西遊記をベースにしたアドベンチャーロマン。
2:主人公はクンフー使い。実は神が遣わした人類破滅の最終兵器
3:ラスボスは神の未熟な人格。

ドラゴンボールを悪用する未熟な人格の人類を粛清するために悟空を送り込んだ神が、自らの未熟な人格による不始末の尻拭いを悟空にさせてしまうという矛盾、という内容になる。

いわゆるガッちゃん方式である「悟空が神の遣い」という裏設定はいつ頃なくなったのだろう。おそらく初期構想に「マジュニア」の展開はなかったであろうから、ピッコロ大魔王とのキングキャッスル戦の前に、世界観のネタバラシを持ってくるのが普通だ。

タイミング的には超神水をすっ飛ばし、いきなり神の神殿に行ってしまった方が話の流れとして自然なはずだ。そこで神と出会い、ピッコロ大魔王が自らの分身であるということの謝罪と、ドラゴンボールを作った理由の説明を受ける。世界観の一切の謎をなくし最終決戦。そして最終回。これが定石のはずだ。そして、そこで悟空が神の創りたもうた人類破壊兵器というネタバラシもあったはずである。これで「この一撃に全てを賭ける!」の大猿コマももっと活きる。
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しかし鳥山明はそれをせず、ピッコロ大魔王を倒したあとに神と悟空を対面させた。この構図だと、ピッコロの後にもう一戦必要になってくる。マジュニア編である。ピッコロ大魔王の後にマジュニアという構成を鳥山明がなぜ必要としたのかはよくわからない。ボール集め編は毎回不評なので、天下一武道会で締めたいということなのかもしれない。だから天津飯戦で悟空を勝たせなかったと考えると辻褄が合う。

話が若干それた。
悟空はいつ神の遣いではなく、サイヤ人になったのだろう。漫画史に残るセリフ「もうちょっとだけ続くんじゃ」だが、神の神殿で「神の遣い」にしておけば、もうちょっとだけ続く必要もなかったはずである。全ての伏線が回収され、綺麗な最終回になっていた。

一つ考えられるのは、ガッちゃんの踏襲では嫌だと作者が感じたのではないかということ。
もう一つ考えられるのは、悟空の身長にヒントがあると思う。

この話、もうちょっとだけ続く。

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